2004年度 園だより



3月1日 園長 斉藤昌子

 最近聞いた話です。
 海外で、国際的な仕事が多い方ですが、「 日本人もまだまだ捨てたもんじゃないですよ。 」 との言葉に、思わず、「 えっ?ほんとに? 」 と耳を疑いました。

 新聞、テレビ等の報道で、毎日いやと言うほど見聞きしている暗いニュースにはいささかウンザリしていますし、「 ああ日本はこのままで良い訳ない。何か打つ手はないのか。 」 と思っている矢先でしたので、一瞬ドキッとしたわけです。

 その方のお話によると、

 『 つい最近起こったインド洋の大津波の被災現地でのことです。命からがら逃げのびた人々を取材した時、被災された皆さんが口々におっしゃることは当然のことながら、

 「 如何に大変だったか、子供を亡くした、家も無くなった。」

と嘆き悲しみながら訴えておられるのです。
 ところが一方、そのちょっと前に起きた中越地方の大震災で、全く同じ状況にあった日本人の言われる言葉は、かなり違ったのです。

 「 お陰様で、ボランティアの方々が直ぐに駆けつけて下さって助かっています。命が救われただけでも有り難い。」

等と皆さん一様に、先ず感謝の言葉を忘れなかったのですよ。これほど世界の人々と、日本の人々との差を感じたことはなかったです。ああ -- 日本はまだ充分いける -- と思いましたよ。』

とのことでした。

 私は良い意味で、ものすごいカルチャーショックを受けました。
 皆さん!自信を持ちましょう!今の世の中どうなっているんだ?とか、失ったものを追いかけたり嘆いたりするばかりでなく、まだまだ巷にあふれている日本人の心根を、大切に大切に保ち、育て、培養しようではありませんか。
 明日の未来を信じることが出来たようで最高に嬉しくなりました。


子どもの頃に  園主 原 篤子

 さくら草を眺めていて、何となく子どもの頃を思い出しました。
昔はわが子の躾によく格言を引き合いにだして、人としての常識を教えていたように思います。
母がよく口癖にしていた格言をならべてみました。


 壁に耳あり障子に目あり
誰も居ないようでも、どこかで聞かれたり見られている

 鑿(のみ)といえば槌(つち)
のみだけ持ってきても役に立たない

 嘘つきは泥棒のはじまり
うそをついてはいけない

 塵もつもれば山となる
1 円といえども無駄にしない

 七たび探して人を疑え
物が見つからない時すぐ人を疑ってはならない

 笑う門には福来る
いつも笑顔で

 泣きっ面に蜂
メソメソしていると蜂さえも寄ってくる
たんぽぽ
 人の振りみてわが振り直せ
人の良くないことを見たら反面教師に

 人を呪えば穴二つ
人を失脚させようと穴を掘っても、それは自分も穴に落ちることと同じ


常識の参考になれば幸せです。


2月1日 園長 斉藤昌子

 先だって、長年趣味で陶芸をしている友人から 「 三人展 」 の案内を頂いたので、ほんとに何十年か振りでしたが原宿の街を歩きました。
 若者が溢れている竹下通りも、相変わらず賑やかで懐かしく思えました。

 表通りの喧噪を避けて小さな小路に入るとそこには別世界があります。
 和風のお茶処をみつけてお抹茶を戴くことにしました。
 折しも畳の間では、「 金沢輪島塗 」 の個展が開かれていましたので興味深く見せていただきましたが、一碗 30,000 円のものから、数十万もの置物まで目の保養には余りあるものでした。
 ため息をしている私たちに、制作者の先生が説明をして下さいました。
 「 輪島塗は丈夫で長持ちすると言われますが、本当は繊細で傷つきやすいのですよ。ですから扱う人が、自然に気を使って丁寧に丁寧に取り扱ってくれるので、長持ちするんですよ。」
とのことです。

 我が家の食器類を思い浮かべながら、大変説得力がありました。
 どうせ壊れるものだから、とばかりにやや乱暴に取り扱っているのではないか?又買えばいいわ、と安易に考えている自分を振り返り、恥ずかしくなりました。
 毎日の生活も同じことですね。
 今日一日を、どれだけ大切に思って、一瞬一瞬に誠をこめているか?
 人に、物に、時に対しての心遣いが、どのくらいできているか?
 暫くの間、お抹茶の渋みを味わいながら、よい思案のひとときを過ごすことができました。

 最近は忙しい忙しいを売り物に、ついつい自分を振り返ることがなかったので、こういう機会を与えられたことが有り難く、二人の友人に感謝しました。


ティッシュ考  園主 原 篤子

お正月気分もまだ抜けない中、早 2 月を迎えました。
2 月は、お金も時間も逃げる月と言い伝えられています。
そこで節分の節にあやかって節約について考えてみました。

節約とケチとは違います。
節約は物を大事に使うことであり、ケチは物を出し惜しみすることを言います。
一番頭にうかんだのは京都の 「 おばんざい 」 でした。
大根一本、人参一本無駄にせず皮まで使って美味しい料理を幾種類も作られていることに感心しました。
次に思ったのはティッシュのことでした。
ただ同然のティッシュは今や使い放題、テーブルにこぼれた水も台ふきんを使わずティッシュが主流のようです。
お醤油などの場合は布きんを洗うのが面倒と思いますが水の時ぐらいは布きんを使えば、ゴミ処理費の節約に貢献できるのでは。
一人一枚でも百人では百枚です。

物が溢れる現代。20 年後も物が溢れるとはかぎりません。
今から物を上手に使う、大切に使う心を育てたいのです。
親のやり方を見て育ちます。
子どもに価値観は分かりません。高級和紙をティッシュのように使い捨てにされては困りますものね。


1月11日 園長 斉藤昌子

 「 オアシス運動 」 提唱者の森山 操先生は次のように著されています。

 理想の家庭の姿を太陽系の惑星の運行になぞらえてみますと、「 月 」 である母親は 「 地球 」 である子どもの周囲をこまやかに回りながら、その子どもと一つになって 「 太陽 」 である父親の周囲を回るのが、宇宙の法則にかなっていることになります。

 「 明るい 」 という漢字は、日と月という漢字が並んで一つになったかたちになっており、父親と母親が一つになって家庭を明るく照らしている姿をあらわしているように見えます。

 ところが、近ごろは太陽の位置に母親が立っているような家庭が増えています。
 父親が子どものまわりを機嫌をとりながら回っていて、その父親と子どもが一緒になって、おっかなびっくり、母親のまわりを回っているのです。
 中には、太陽の位置に子どもが立っているような家庭もあります。
 それは単なる過保護であり、溺愛にすぎません。
 こうした家庭からたくましい子どもが育ってくるはずはありません。

「 明るい家庭 」 を築くためには、家族がそれぞれの正しい位置を守らなければなりません。
 (愛の子育て17条 光言社ミニブックスより)

 私が、最近の若い方々に声を大にして申し上げたいことは、何事にも理屈を越えた法則があるということを、よく知って欲しいと思うのです。若いからこそ、知らないことも多いのですから、本を読む、有識者の話を聞く等々、ものを知る機会はいくらでもあります。
 全ては原因があっての結果なのですから、当然良い原因をつくりましょう!


お正月  園主 原 篤子

 みな様には、ごきげんよく新しい年をお迎えの事と心からおよろこび申しあげます。
お正月、何はなくても年の初めとして気分が違いますね。
31 日と 1 日。
たった一日の違いで、何もかも違うのも不思議。
昨日の水も、一夜あければ若水となり初釜、初詣と人の心も自然に改まります。
今年から○○をはじめよう
今年こそ、などと決心するのもお正月なればこそ。

今年は、よそ様はよそ様、我が家は我が家、と身の丈に合った生活を存分に楽しみましょう。


12月1日 園長 斉藤昌子

 11 月 22 日に 「 三鷹市交通安全課 」 より、3 名の婦警さんが来て下さって園児たちに交通安全のお話がありました。
 道路の壁側を必ずお母さんと手をつないで歩くことや、路側帯、ガードレールがないときには右側を、又雨の日には園児の皆さんは手に荷物を持たないこと等ゆっくりと判りやすく話していただきましたので、みんな真剣に聞き入りました。

 腹話術のケンちゃんもユーモアたっぷりで、「 右見て左見てもう一度下見てェ 」 に大爆笑の渦が...。婦警さんが、「 どうして下見るの? 」 と聞くと、「 だってお金が落ちているかもしれないしィ。」 に、再び大きな笑いが起こります。
 年少さんも大笑いしているところを見ると、話の内容をしっかり理解していることがわかります。

 そして最後に私たちもハッとすることがありました。
 みんなで注意することだけど、知らない人に連れて行かれそうになったら、「 きゃあ 」 とか、「 わぁ 」 じゃだめなんです。

 「 た す け て 」

 と大声を出すんですよ。一回練習しておきましょうね。と思いっきり大きな声で叫んでみました。
 折しも小一の女の子が車で連れ去られ、痛ましい事件が起こったばかりなので本当に緊張しました。勿論、幼児の一人歩きは厳禁です。


年末を迎えて  園主 原 篤子

 この一年を振り返ってみて、世の中の移り変わりは別として、自分は精一杯出来ることをしたのだから満足と思いたいですね。
でも人間、欲がありますから、あれもしたかった、こうすればよかった、などと後悔ばかり。
しかし子ども達はそうではありません。
あれも出来るようになった、これも、と、生き生きと親に報告して大満足ではないでしょうか。
ほんとうに日々成長していくわが子の可愛さに、つい余計な手出し口出しをして、自立を妨げないように。
自立とは、親から、「 顔を洗いなさい 」、「 ボタンをはめて 」 などと声をかけられてから自分ひとりでできても、これは自立とは申しません。
次の行動を自分で考えて、一人で出来たときに、はじめて自立できたとなります。
靴の左右をまちがえた時、帽子を前後反対にかぶった時など、「 反対よ 」 と声をかけるのではなく、自分で考えて直させるようにしむけることが自立につながります。
来年は、少しずつ自立に向けて歩けるよう願っています。
お母さまの、「 待つ 」 という根気が大切です。


11月1日 園長 斉藤昌子

11月 11 日は牟礼幼稚園の創立記念日です。
 1950 年開園ですから、優に半世紀を越えました。
 その 50 有余年、幼子を見守り続けた園主先生が、折りにふれて言われることは、

 「 幼児は全然変わっていないのだけど、変わったのは親ごさんですよ。」

とのことです。
 ドキッとしながらも、そのゼネレーションギャップを埋める方法を模索しています。

 私は結婚間もない頃に、スーパーマーケットが次々に誕生して、その便利さに大喜びした一人です。買い物をするのにいちいち、「 これ下さい。あれ下さい。 」 って言わなくて済むので、口不調法な私にとっては大助かりでありました。
 今でも私たち大人にとっては助かっていますけれど、これが、生まれた時からの習慣となりますと、問題ではないでしょうか?

 隣近所のおじさん、おばさんに、「 おはようございます。良い天気ですね。」 とか言わない習慣が、あまりにも当たり前になってしまいました。
 島国日本が、益々孤立していく様で、コミュニケィションの取り方が如何にも下手くそなんですよ。

 気付いたからには今からでも遅くありません。苦手意識を克服して、なるべく外向けに声を発していきたいものと感じています。
 バスに乗るときに、「 お先に。」 と言えますか?
 言われたら、「 ありがとう。 」 ですよね...。
何やら、幼稚園児に話すようになってしまって恐縮ですが、日常の何気ない言葉かけこそが、この国を担って立ってくれる未来の青少年たちの育成に繋がるものと信じています。


のんびり子育てを  園主 原 篤子

 小さい子どもは親が期待するようには動いてくれないのが普通ですね。
急ぐ時、時間がない時など、いらいらしますが決して早くはできません。
そのわけは、急ぐ理由が理解できない事と手足の機能がまだ未熟だからです。
幼児は親の顔色をみて動いているだけなのです。
時間にゆとりをもって早め早めに対応していけば、親子共々ゆったりと生活を楽しむことができるのではないでしょうか。
幼稚園時代は、

うそをつかないこと
他人に迷惑をかけないこと
この二つを教えるだけで、後は親の生活態度を見て育ちます。
以前あった二つの例を書いてみましょう。

お迎えの時間に遅れてみえたお母さま二人。
前者は、まず先生に挨拶されました。

「 遅れてご迷惑をかけすみませんでした。」

と。
後者の方は、我が子に対して、

「 ごめんね。遅くなってごめんね。」

だけでした。
子どもはどう思ったでしょうか。

ママが先生に謝っているから大変だったのかな、と心に残ります。
「 ごめんね。」 と言われた子どもは、「 ああ、みんなママが悪いんだ。」 と、今後何かが起きた時も、いつも人のせいにすることでしょう。


10月1日 園長 斉藤昌子

 最近特に感じている事があります。
 それは、目下、中高年に大受けの 「 ヨン様 」 ブームのことです。
 ごたぶんに漏れず、私もバッチリ嵌ってしまった一人です。
 なぜか若い人たちに受けないので、不思議な気がしますが、よくよく考えてみると、思い当たる節があります。

 バブル崩壊前の絶頂期に子育てをしていた私共の世代の者は、何と贅沢に生活をしていたことかと、反省しきりです。
 幼いころ敗戦の憂き目に合った私たちは、物の無い時代から一挙に贅沢に憧れて、ティッシュ等の使い捨ての心地よさを大歓迎してしまいました。
 ポイポイと引き出しては、投げる幼児の仕草にも、腹を立てることなく、笑って見過ごしてしまいました。
 ちり紙に限らず、洋服にしても家具にしても、次々に買い換えたり、何事によらず多分に甘い生活だったように思います。

 その付けが、今、回って来ているような気がしてなりません。
 韓国のドラマを観ていると、自分たちが遠くに忘れてきてしまった物の考え方や親兄弟への思い、隣近所への礼儀作法などまでに思い至って、真に胸が締めつけられるのです。
 「 今の若い者は...。」 等と言う資格は全くありません。
 その若い者を育てたのは、他ならぬ私だったからです。

 ドラマを観終えた私達同世代の友人とは、よく電話で話し合っています。
「 日本はどうなっちゃったんでしょう? 韓国の人たちとの開き過ぎたこの大きな差を、どうやって埋めていけるのかしら...?」
「 貴女、幼稚園の先生をやってるんだから、頑張って!」 などと言われながら、本当に地道に日本の将来を託せる子供たちに育てなければならないと痛感しています。


秋  園主 原 篤子

 9 月は 2 学期が始まったばかりで、その上猛暑がかさなりなんとなく落ち着かない毎日でしたが、10 月は秋本番となり、じっくり落ちついた保育が展開することと楽しみです。
園児のみなさんも、体育参観日のけいこを通して協力の大切さを身につけ一段と成長されました。

秋の夜長、読書の秋とも言われる季節ですが、忙しいお母さま方は、まとまった読書の時間を持ちにくいのが現状ではないでしょうか。
そこで、お勧めなのが辞典を利用することなのです。
お手近にある辞典を、でたらめにパッとひらいて、でたページを一つか二つ拾い読みすることなのです。
知っている言葉は改めて確認できますし、知らない言葉もあって意外に面白い発見があります。
これだと、まとまった時間は必要ありません。
ほんの 2、3 分で充分です。
わたくしはときどき辞典をひらきますがすぐ忘れてしまうので、同じページがでても、自分で苦笑しながら読んでいます。
子どもは親の指示にはしたがいませんが、親が本に接する姿は、鮮明に頭にきざみこまれる筈です。
勉強しなさい、とか、本を読みなさい、などと言う必要は無くなるでしょう。


9月1日 園長 斉藤昌子

 夏休みになって 2 日目の朝です。
 乾ききった園庭の木々たちに水撒きをしていましたら、なんと身長 6 センチはある大きなかぶと虫がいました。
 思わず捕まえて、先生たちのひらめきで美味しいゼリーをふるまいました。
 山の中でもないのに、何処の土の中に、どうやって暮らしていたのかしら?と大変興味がもてました。

 自然が失われていく世の中で、かぶと虫にとってはさぞや住みにくいことだろうと案じていますが、久しぶりに新鮮な感動を得ました。

 早速、昆虫図鑑を開いてみましたら、くぬぎの木の樹液が好物の筈とありましたので、細いながらもこの木は、くぬぎの木に違いないと確信しました。

 私は、いわゆる巨木が好きで、欅(ケヤキ)とか、桜とか、青桐とかをついつい可愛がって植えてしまいます。
 実は、狭い庭が益々せまくなるからとヒンシュクものなのですが、これでも遠慮しいしい頑張っているのです。それにしてもよくぞかぶと虫も住める庭になってくれたと思わずにはいられません。

 丁度夏休みに入ったばかりで、園児さんたちにみせてあげられないのが残念ですが、9 月になったらぜひこの「 かぶと虫物語 」 を聞かせてあげようと思いました。


つよい体をつくりましょう 園主 原 篤子

連日の暑さをぼやいているうちに早 9 月を迎えました。
9 月 1 日は防災の日です。
関東大震災の悲劇を二度と繰り返さないよう、改めてわが町わが身を守る心構えを思い起こす日でもあります。
それには知力も大切ですが、それにもまして体力が物をいいます。
救助隊を目の前にして体力が尽きてしまっては元も子もありませんね。
天災をとめることはできませんが、耐えて生き残る手立てはある筈です。
体力とは、体格がよい、肥っている、という事ではなく、骨組みのことです。骨格を丈夫に持久力を身につけることです。
体力をつくるには、

カレーやハンバーグなどのやわらかい物ばかり食べるのではなく、貝類、れんこん、ごぼうなど、よく噛んで食べることが大切です。

噛むことによって、脳を刺激して頭が良くなり骨も育つのです。
以前、園児のおやつにお菓子の昆布をだしたことがあります。
その時、「 かたい 」 と言って一人も食べられなかったことにショックを受けました。
この子たちの将来は、と心配になったのです。
栄養は大切です。歯を使っての骨づくりはもっと大切です。
お母さま方、

かわいいわが子のために、いろいろな食材を食べさせて下さい。

子どもが大人になって親に感謝するのは、

きれいな服や靴をきせてもらったことではなく、何でも食べられる強い体に育てて貰ったことではないでしょうか。

わが子が 50 年、60 年先に社会で元気に活躍している姿を思い楽しみですね。


7月1日 園長 斉藤昌子

 幼稚園生活の大切な基本のひとつに、「 我慢 」 があります。
「 わがまま 」 の反対語です。わがままは「 我が意のまま 」 と言う様に、ご家庭で、ぬくぬくと可愛がられて育っているお子さんにとっては、最も苦手な分野です。
 「 今すぐ、お水を飲みたいな 」 と思っても、他にも飲みたい人がいる場合はちょっと待たなくてはなりませんね。待つことを知らなかったお子さんにとっては、「 はやくぅ... 」 といらいらしてしまいます。

 また園生活に慣れてきますと、お友だちと同じことをやりたいという気分が芽生え、「 何でも一緒に 」 仲良くしたいのです。
 ところが個人差という壁があって、そうそう一緒に事が運びませんので、またまたいらいらの種がぼっ発ということになり、口でうまく表現できない時などは、「 エーイ面倒だ。」 とばかりに手が出てしまいます。
「 ちょっとォ、一緒にやろうってばァ 」 と言いたいのですよね。
「 ??? ...」 やられた方は何のことやら?いきなりぶたれて痛いだけです。
「 わぁーん、何にもしていないのに○○ちゃんがぶったぁ... 」 と大泣きになります。

 毎日のように繰り返されている光景ですが、○○ちゃんの言い分を聞きましょう。
「 あのね、ガマンしようって思っていたんだけど、またやっちゃったぁ...」
大粒の涙をはらはらと零しながら、「 もうしません、ごめんなさい 」 とのことです。
「 ずっとまえ、園長先生とお約束したのに、またやっちゃったの。今度やったら園長先生怒るよって言ったよね。だから僕のこと嫌いになった?」
「 ○○ちゃんのこと大好きよ。だけど失敗しちゃったんだねぇ。どうしてだと思う?」
「 僕ガマンが出来なかったんだ。」 またひとしきり大粒の涙が...。
「 先生も応援してるから、またガマンの練習してくれる?」
「 うん、いいよ。」
 なんて可愛いんでしょうね。今のうちにいっぱいガマンの練習をしておくほど大きくなって 「 すぐ切れる 」 子や、人の目を盗む子にはならないのです。
 毎日幼児の視点に立ってものをみていると、素直の素晴らしさが満喫出来ます。あとくされのない世界です。大人の知恵を先回りして見聞きさせないことが、純粋に子供の世界が保たれる秘訣ではないでしょうか?


保育参観  園主 原 篤子

梅雨の中休みとは言え青空、真夏日とつづきましたが、この園だよりがお手元に届く頃には、しとしと雨になってるかも知れませんね。
先日行った保育参観は、いかがでしたか。
ご家庭ではまだ赤ちゃんのように思っていた我が子が立派に行動している姿に安心されたのではないでしょうか。
参観日は同年齢の子どもたちの中で、わが子がどのように振る舞っているかを見る絶好のチャンスです。
早いか、遅いか、出来るか、出来ないか、は、それほど問題ではありません。
お子さまがのびのびと安定した表情で先生の話を聞き、生き生きと行動していれば充分です。
お母さま方は、参観で見た結果を子育ての参考にして頂ければ幸いです。朝、服を着なさい、カバンを持ちなさい、靴を履きなさいと言っていると、何時の間にか指示待ち人間になって、声がかからなければ何もできない人になってしまうでしょう。
それよりも、幼稚園に行く支度をしましょう、と自分で考えさせることが大切です。
頭の訓練です。たくさん考えることが頭のよい子に育ちます。
お母さまの 「 待つ 」 という根気が必要になります。
ほんの少しだけ、気を長くして待ってあげてください。
子どもは、みんな、すばらしく伸びる可能性を持っています。


6月1日 園長 斉藤昌子

 季節の移り変わりは確実で、6 月の声を聞くが早いかもう梅雨の兆しですね。台風にしても、今年はなんと早いのでしょう。
 地球規模の変化の所為だとかいう声もあって、早め早めの時節柄は如何なものでしょう? 実はあまり気持ちのよいものではありませんね。
 当たり前のものが当たり前に供給されてこそ、気分もおだやかなのが、私たちの常ですから...。

 お天気ひとつにめくじらを立てることもないのですが、予定していた遠足の日が一週間延期になりましたので、ついつい空を見上げる日が多くなりました。
 未熟者の癖として、なぜ? どうして? と呟いておりましたら、保育室のあちらこちらから聞こえてきました。

 「 てるてる坊主 てる坊主 あした天気にしておくれ...。 」

園児さんたちの可愛らしい歌声です。

 ああ、そうだった。おさなご達は少しも嘆いたりはしていないのでした。
 そんなものかと受け止めて、「 また七つ寝たら遠足だよね。 」 とあっさり言っていましたっけ。
 遅ればせながら私もと、大急ぎで気持ちを切り替えていますが、毎度こうして純真なおさなご達に助けられている有り様です。

 なんでもあっさり素直に 「 天の思し召し 」 と受け止める癖をつけなくては、大自然の応援も頂けません。
 天の応援は、謙虚で素直な人間のところへしか配達されないことを、今一度思い出さなくてはなりません。すなおがとりえの私だった筈です。
 「 台風 2 号さん、ありがとう! 心のねじれに気が付かせてもらいました。」


万緑の季節を迎えて  園主 原 篤子

 我が家の小さな庭も、改めて眺めると、自然がいっぱい、緑がいっぱい。梅の木も椿やさざんか、はなかいどうも、すべてが緑一色に、。

 若葉して家ありしとも見えぬかな  子規

ほんとうに、いつの間にか若葉がびっしりと重なり合い目かくしの役目をしているみたいです。
地面には抜いても抜いても雑草が力づよく伸びて芝生を追い出して、真っ白いカラーの花が、ひときわ目立つ今日この頃です。

 万緑の中や吾子の歯生え初むる  草田男

深大寺に碑がありますね。
二本の歯をちらりと見せて笑う幼児の愛らしさ。
幸せを感じるひととき、うれしい限りです。
この頃、庭に雀の姿が見えなくなりました。
以前はパン屑をまけば、1 分とたたない内に飛んできていた多くの雀たち。
どこへ行ってしまったのでしょう。
物音ひとつしない静けさの中で雲がゆったりと流れて鳥が飛んでいるようにも見えました。


5月1日 園長 斉藤昌子

 毎週一回ですが、園主先生のお話の機会があります。
 今年度になっての第一回目は、イソップの 「 蟻と鳩 」 でした。
 新入園児さんのために比較的短くしてありましたが、みんな目を丸くして聞いていました。なんと 3 才児もきちんと座って、興味深げに聞くことができたのです。

 池に落ちた 「 蟻さん 」 が、鳩に一枚の葉っぱを浮かべてもらって助かったこと、そして今度は、鳩が猟師に撃たれそうになった時に、蟻さんは猟師の足を思いっきり齧って、鳩を助けたお話です。

 近頃のお子さんは、テレビ等のおかげもあって、かなりのストーリありーも理解出来ることを感じています。そしてなによりお母様方の絵本の読み聞かせも、バッチリ実践出来ていらっしゃるということなのでしょうね。
 今年は特に感心してしまいました。

 テレビ等を観るときに、出来れば、お母様がどう思ったか、良い悪いの判断も口に出して言って下さるといいのですよ。
 子供は親の顔を絶えず見て育ちます。親が喜ぶことをやりたいのです。ですから、いたずらをして親の関心を引こうとした時など、見逃したり無関心にしてしまうと、子供は、「 ああ、これは良いことなんだな 」 と思って何回も繰り返すことになります。
 「 ママは、あなたがピアノを弾いてくれると、自然に踊りたくなるのよ。」 と言ってほんとに楽しそうに踊りだして、娘をピアノ好きにした実例があります。
 子育ては小さなことの積み重ねです。お母様の自然な振る舞いが、全てお手本になるわけで・・・。
 さあ!5 月の爽やかな風をいっぱい浴びて、ご機嫌麗しく過ごしましょう。


敗者の心 園主 原 篤子

 園児のみなさんは、毎日元気いっぱい楽しい時を過ごしています。しかし同じ年代のお子さん同士、ときにはおもちゃのとりっこ、ということも起こります。
手にいれた方は、嬉しさいっぱい、手に入れられなかった方は悲しさいっぱい、となります。
この負ける体験こそが、実は大切な勉強になるのです。
家庭の中では幼児は、いつも優位の立場におかれています。
ゲームでも何でも親はわざと負けて子どもに花をもたせますね。我が子のよろこぶ顔が見たいとは誰でも思うものです。
こうして、悔しいとか悲しいとかの経験がない子どもに思いやりの心を持て、と言っても無理なのです。
自分が悲しかった体験を思い出して初めて相手の悲しみがわかり思いやりの心が育ちます。

幼稚園には 「 いじめ 」 はありません。

勝ち負けはあります。

運動会などで玉入れをして勝った時にも、負けた方の悔しさがわかるお子さんが、思いやりのある子、ということになります。
幼児は心の転換の名人です。
喧嘩になっても、「 ごめんね 」 のひと言ですぐ仲直りをして遊びます。いろいろな経験をしながら人との付き合いかたを学び立派な人になる素地を育てるのが幼稚園の仕事です。
ご家庭ではジャンケンをお勧めします。
2、3 分間、相手をすれば、勝ったり負けたり。
今度こそと意欲的になることでしょう。長時間は禁物です。


4月8日 園長 斉藤昌子

 大自然のめぐりは確実にやって来ます。
 4 月になると、寒さをじっと耐えてきた木々が一斉に花を開きます。小鳥たちはせわしそうに飛び交い私たちに元気を分けてくれますね。

牟礼幼稚園の小さな園庭にも黄色い蕾のれんぎょうやにわうめの白い花がほころび、椿、桃の花も黙って咲いているのをみますと、普段、大して手入れもしないのに 「 すみませんね。ご苦労さま。」 という気分に駆られます。

 さあ今年も新学期です。園児さんたちの元気な姿を思い浮かべながら、今は職員一同保育の準備に余念がありません。どんなクラスになるでしょう?
 あのお子さんが年長組になったことを想像すると.. 「 ウン、た・の・し・み...」 と、いつの間にか顔がほころんでいる先生たちですよ。

 一人ひとりの園児さんたちは、庭の木々と違いますので放っておいては良い花を、実をつけることは出来ないのです。
 今年もまた自立に向けて日々の生活を送るのは勿論ですが、よりいっそう味のある成果を目指して、先生たちは各クラスそれぞれの目標を立てています。

「 明るくて元気なクラスに! 」
「 どのお子さんも利発な子に!」
「 何でもやってみようよ!」

 どの目標にも、子供を思う心が溢れています。精一杯の気持ちを込めて、燃える思いの一年間にしていきたいと誓っています。
 保護者の皆様のご協力が何よりの応援ですので、どうぞよろしくお願いします。


ごあいさつ  園主 原 篤子

 始業式、入園式とつづき皆さまの元気な姿に接し、こんなうれしい事はございませんでした。
心からおよろこび申しあげます。
年長さんになった皆さんは、もう自信満々張り切っていますね。
年中さんは、自信をもちながらも、まだ少しばかり心細い面も。好奇心は十分。
新しく入園された皆さまはもう不安ばかり、と存じます。
初めて親元を離れるわが子に心配は当然です。
しかしご安心ください。
幼稚園では、万事心得た先生方が、やさしく、しっかりと受け止め、お子さまが安心できるよう
対処してまいります。
園の先生は若くても幼児の専門教育をうけています。
子育て経験者のお母さま方の協力を得ながら共に歩いてまいりたいと思っています。
目標は、申し上げるまでもなく、

 人として生きていくために必要な社会ルールや技能を身につける手助けをすること

です。

みんなでたのしく遊びながら自然に良い習慣を身につけてまいりましょう。
保護者のみなさまのご後援をおねがい申しあげます。